本の紹介

手塚治虫が2009年を描いた「火の鳥 太陽編」はポストコロナ時代の変化を連想させる

2009年、時代の転換点を描いた「火の鳥 太陽編」

「火の鳥」は、手塚治虫が漫画家として活動を始めた初期から晩年まで書き続けた、ライフワークとも言える名作漫画です。
読んだことが無くても、名前を聞いたことがある人がほとんどだと思います。

僕は小学生の頃に手塚治虫の漫画に感銘を受け、代表的な作品のほとんどを読破しました。
数ある名作の中で、最も私に強い影響を与えた作品が、「火の鳥 太陽編」です。

「火の鳥」は人間賛歌をテーマにした作品であり、手塚治虫の思想や世界観が如実に表されている作品群です。
そして「火の鳥 太陽編」は、火の鳥の完結編にして、21世紀初頭(2009年)と7世紀の日本を描いた作品です。

「火の鳥 太陽編」は、“宗教と権力の抗争”をテーマに、時代の転換点で衝突する「古い価値観」と「新しい価値観」がどの様に調和をしていくかを描いた作品です。
改めて、「火の鳥 太陽編」を読み直すと、21世紀初頭に時代が大きく変化していくことを手塚治虫は予測していたのではないかと感じます。

「火の鳥 太陽編」ストーリー①(7世紀の日本は仏教伝来で時代が大きく変化した)

物語の主人公は、7世紀の朝鮮半島三国時代(高句麗、百済、新羅)の百済の王族、青年ハリマです。
百済は高句麗との戦争に敗れ、ハリマは捕虜となりました。そして、生きたまま顔の皮をはがされ、狼の皮をかぶせられるという残酷な仕打ちを受けます。
ハリマは敗残兵狩りから逃れるために、倭(日本)へ逃れ、狼の姿をした狗族(くぞく)と出会います。
狗族は産土神(氏神)として、地域の人間から信仰を受けている神様でした。当時の日本は八百万の神を祀る神道が主流だったのです。
しかし、百済からもたらされた仏教伝来により、仏教の神々に産土神は弾圧されて行きます。
そうして産土神が生き残りをかけた、仏教の神との闘いにハリマは巻き込まれていくのです。

「火の鳥 太陽編」ストーリー②(2009年の日本を描く宗教戦争)

もう一人の主人公、坂東スグルは21世紀初頭(2009年)を生きるスパイ・殺し屋です。
たびたび、青年ハリマを夢の中で見ています。
2009年の日本は、火の鳥を神と崇める宗教組織“光”が権力を握っており、その信仰心を持たない人たちは“シャドー”と呼ばれ、地下に追いやられています。
スグルはシャドーの一員で、“光”のシンボルである火の鳥を奪うというクーデターを企てるのです。

光とシャドーの構図は、2019年のヒット映画 “JOKER”や“パラサイト”が描く、今日の格差社会を表現しているように思えます。
フランス革命、明治維新、キューバ革命、アラブの春、雨傘運動など、時代の転換点とは既存の権威と搾取される側との対立構造が見られます。
これは、資本家と労働者の対立が顕著となった昨今のグローバル経済でも同様です。
手塚治虫は、火の鳥の完結編で2009年の日本を描くことで、日本にも格差社会による時代の転換点が訪れることを予測していたのでしょうか?

「火の鳥 太陽編」の“宗教と権力の抗争”から学べること

私が、「火の鳥 太陽編」をとても魅力的に感じるのは主に3つの理由からです。

① 7世紀と21世紀の比較構造が面白い!

7世紀は侵略される側(神道)の視点で物語を描いているのに対して、21世紀は侵略する側(シャドー)の視点で物語を描いています。
構図として考えると、「侵略者:仏教=シャドー」と「既存権威:神道=光」となります。
前者は侵略者“仏教”を悪役として描く一方、後者は支配する既存権威“光”を悪役として描いているのです。

② 世の中に善悪はなく、立場がそれを決める!

私が初めて「火の鳥 太陽編」を読んだ時、7世紀の仏教伝来の物語を、仏教が日本を脅かす悪魔の様に描かれていることにとても衝撃を受けました。
「火の鳥 太陽編」は、手塚治虫の代表作「ブッダ」の完結後すぐに書かれた作品です。
「ブッダ」で描かれていた仏教の崇高なイメージを見事に打ち砕かれたのです。
世の中には「善悪」はなく、立場と解釈が意味を決めるのだと小学生の私は無意識ながらに感じていました。

③ 必要なことは旧体制を打ち砕くことではなく、調和すること

7世紀の仏教伝来では、歴史が示す通り、最終的に仏教の勝利に終わります。
しかし、道教の自然崇拝の価値観を認め、“倭の国”は“日の本の国(日本)”に生まれ変わりました(太陽を崇める行為も自然崇拝であり、太陽=火の鳥)。
つまり、新体制(仏教)が旧体制(神道)を否定し、全く新しい世界を0から作り上げたわけではありません。
旧体制を尊重し融合した形で新しい調和を目指すことで物語が帰結するのです。(その後、権力に溺れ、主張が変わりますが。)

一方2009年の戦いでは、主人公スグルの犠牲によって、シャドーが勝利を納めます。
しかしながら、シャドーの指導者は光を弾圧し、新しい宗教を設立します。そしてその新興宗教は根本的に光と何ら変わりはなく、支配者が後退したに過ぎなかったのです。

ポストコロナも緩やかな移行を目指す

2020年現在の日本は、コロナや働き方改革などによって、大きな時代の転換点を迎えています。
組織中心の社会(20世紀型)の雇用慣行に疑問を持った私たち20代の若者は、個人中心の社会(21世紀型)の新しい労働モデルを模索しています。
評判資本、共感経済、無形資産などに基づく、ギグワーカー、フリーランス、インフルエンサーなどの働き方が当たり前になりました。
私自身も、20世紀型の雇用に疑問を持ち、自分でビジネスをスタートした側の人間です。
しかし、私が「火の鳥 太陽編」を読んで思うことは、20世紀型の雇用慣行を完全否定し、21世紀型の働き方に強制アップデートするのはリスクが高いと感じます。

「火の鳥 太陽編」では、仏教と神道の調和による緩やかな移行によって「倭の国」から「日本」への移行を果たしました。
同様に、私たちもポストコロナの変化は急激なストレッチをかけるのではなく、緩やかに移行していくことが理想と言えます。
働き方に関して言えば、会社を辞めていきなり起業をするのではなく、複業を通じて稼ぐ力を身につけることが流行っているのも、この緩やかな移行と言えるのではないでしょうか。

ポストコロナの学び直し

社会人3年目、25歳になったあなたへ。

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